これは別れではない出会いたちとのまた新たなはじまり

 

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PAULのカヌレを食べる。まさかのパリでも買わなかったのに(行く店々で売ってなかった)札幌でかんたんに買えるようになるなんて。世界!

 

 

 

 

恋人と別れた。別れたけど今週最初で最後の話し合いに行く。はじめて腹を割って話す。そもそも腹を割って話してこなかったからこうなっとるわけですが、ほんとうにほんとうに言葉にして伝えるってすげえ大事ですね。身にしみまくってわかったわ。

 

なんだかはじまりがはじまりだっただけに、ずっと「いつか別れるんだろうなあ」と思いながらつきあってきたのでまあ予想通りというか、春までなんとかもったのが奇跡のような気もするし。というか「別れるんだろうなあ」なんて思いながらつきあってたらそら別れますよね!とこの10か月間くらいのわたしに言いたいわ。そんなこと考えずにもっと好き好き言ってればそれでよかったんですよ。聞きたいことがあったら本音をどーんとぶつければよかったんですよ。ただ、その本音をどーんした直後に「別れたい」になったわけなので、まあ本音ぶつけるのためらってたのもあながち嗅覚にぶくないぞ自分!とも言えます。でもぶつけたら終わりなんて、やっぱりあとあと我慢してつきあってても自分が苦しくなってたに決まっとるわ。

全部正しかったような気もするし全部間違ってたような気もするし、とりあえず今はふつうのわたしに戻ってしまった。この二か月ずっと毎日泣いていてごはんも食べれなくてやせていって、人と話してても何も考えられなくてふわふわしとったのですが、今日なんかすっごくスコーンと元のわたしに戻ってしまった。戻ってしまったなとちょっと残念に思ったのは、ハイパーどん底期で死ねるな~と思ってたときって、人のこととかほんとうに気にとめる心の余裕がないからけっこう人に対して心が広くなれるんですよ。恋人以外との人間関係が不思議とすこぶる良好になっていったのです。つまりどんだけ普段の自分がいらん邪念だらけかっていうことに気付いたわけです。ほんとに普段の生活ってなんも考えなくていいんだなと思いました。思ってたよりイライラしてたし人のこと気にしすぎだった。

ごはんも食べたくなってきたし、ハイパーどん底のときは仕事してるほうが楽だったりしたけど、ちゃんと隙あらば「サボりたい」とか「ダルい」とか思うふつうのわたしに戻ってきた。アイドルの曲を聴くのが楽しいし、コンサートに行きたいなあとか、くだらん雑誌読みたいなあとか思うようになってきた。元気だ。大丈夫になってきた。でもちょっとさみしい。元気になったということは終わったということなのでさみしい。恋人のことが遠いところにいる友達みたいな存在になってしまったことがさみしい。もう会えないかもしれないけどどこかで元気でやっていればそれでいいと思ってしまった。ちゃんと元気に好きなことやれますように。

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